書評レビュー東大生ブログ 右往左往 
QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

郷里のマンガ論

修論提出を終え、卒業が確定した後初めての更新である。
修論から得た学びを書くと思いきや、そんなものは全く書かず、極めて懐古主義的な漫画/マンガ論を綴る。といっても、本稿はTwitter上で数回にわたりつぶやいた内容をまとめて加筆し、保存しておくことが目的だったりもするのだが。


数日前から実家に帰省しているのだが、これまでの例に漏れず、小さい頃読んでいた漫画を引っ張りだしてベッドの上でゴロゴロしながら読みふけっていると1日が終わるといった生活をしている。

実家とばあちゃん家が隣合わせという事もあり、実家の書架には親子3代にわたる蔵書が混在しており、自分が小さい頃読んでいた漫画は、同時に母親が小さい頃読んでいた漫画だったり、じいちゃんが読んでいたものだったりする。つまり、古いものから新しいものまでが乱雑に取り揃えてあって、幼少の時分には「のらくろ」から「ワンピース」までと、時空を超えて広大な守備範囲を誇ったものである。

そんなよく分からない読書体験を経て高校までを卒業し、めまぐるしく流行に追われる外の世界に飛び出しても、たまの帰省の際に必ず読み返したくなるのは、ちょっと古めの、現代の若者はあまり知らないような漫画である。

「ブラックジャック」を読んでいる若者はどれくらいいるだろうか、「バビル2世」は古典と呼ばれるのだろうか。

それらの本には、ジャンプやマガジン系列のマンガにはない、切なくも濃厚な魅力がある。なにかそれらの漫画を手に取る事を強いるような、魔力がある。

昔の漫画読んでると、それらが共通して世界文学として読める内容だという事に気づく。普遍的な「世界」や「人間」を主題として相手取り、それに真っ正面から挑んでいく鋭い記述。これらの漫画は、文学であった。少なくとも、日本文学であった。

これと比較して、現代のマンガは単なるエンターテインメントに堕している。そう言い切っていいだろう。「愛」や「友情」といったテーマにストーリーを与え、抑揚をつけて巧みに見せることに成功はしているが、それらの本質が表象されたものでは一切ない。それゆえに、どのマンガも均質化され、ここしばらくは堂々巡りを繰り返している。

この内容の変化を追って行くと、手塚治虫は紛れもなく日本が経験した漫画→マンガの変遷における一つのエポックメイキングな「事件」であり、石ノ森章太郎らもその流れを汲む。その頃すでに彼らの手によってマンガがエンターテインメントの極として練り上げられたからこそ、今の日本のアニメ・マンガが世界中に輸出できているという側面もある。(驚くなかれ、現代のマンガのすべてが、彼らの創り上げた世界に帰するのだ。)
今のマンガ・アニメはその頃のパクリだから、それらが文学性を捨てて展開した世界観が人口に膾炙し、むしろ世界に羽ばたいたという事実は興味深い。

しかしながら、この漫画の質的変化によって日本が支払った代償は大きいとも思う。

彼らトキワ荘の住人たちが躍動していた時代には、それまでの文学性を備えた漫画と、新たな方向に舵を切ったマンガが、絶妙な配分でバランスしていた。彼らの作品は、今でもページを繰ると活き活きとした表情で読者に何か大きなことを語りかける。現代のマンガは、どうだろう。


そんなことが頭から離れないから、声を大にして言いたいのである。
「あの頃は、よかったな」と。


軽く調べたら、やはりというべきか、手塚治虫は幼少期からミッキーマウスの影響を強く受けていたらしい。ディズニーは純度100%の娯楽を追求したエンターテインメントの王様みたいなものであるから、それに傾倒した手塚が生み出した作品の数々が、それまでの日本漫画とは一線を画すものであったとしても驚くには値しない。一人の迷える天才がなぜ多くを捨ててまでその領域に日本マンガの夜明けを見たのかは今となっては想像するしかないのだが、もっと別の展開があったはずだと、遠くはなれた未来から思う。彼が生み出した危うい均衡は、今では大きく傾いてしまったのだから。


他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

修論締め切りカウントダウン!

1月28日。修士課程2年間の集大成が、この日に完成する。

そう、修士論文の提出締め切りである。

”人の数だけ、修論締め切りがある。”

この言葉が誰の言葉だったかは定かではないが、鋭く真理を突いている。


思えば、長く険しい道だった。といっても、なんだかんだで結局自分は終盤追い上げ型だったことを再認識した論文作成であったが、それでも今後の糧となる多くの学びがあり、自分を幾つか上のステージへ押し上げることができた研究生活だったと思っている。

具体的な学びの内容についてはまた後日書くことにするが、ひとまずは全力で、1ミリ単位までこだわった論文を提出したい。
他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

書評:もうすぐ絶滅するという紙の書物について

ウンベルト・エーコ, ジャン=クロード・カリエール
工藤妙子 訳


薄っぺらな技術論を語る電子書籍本など、全て捨ててしまおう。
本が電子ではなく紙であることの素晴らしさを知るためには、本書さえあれば足りるのだから。

続きを読む


他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

本の読み方に関するWEBクリップ

Twitter経由で見つけた、大変参考になる本の読み方のTogetterリンク2つ(人文書の読み方/数学書の読み方)を載せておく。どちらも、その方法に則るのはかなりの努力と時間を要するが、”血肉になる読書”とは本来こういうものであると思う。

人文書の読み方 -Togetter
人文学の世界で「テクストが読める」ということはどういうことか?

数学書の読み方 -Togetter
takey_y さんの「数学書の読み方」


加えて、風呂無駄さんのブログ記事も参照すべし。
意外と知られてない、自分を飛躍的に成長させる読書テクニック

 ここで重要なのは、文章に出てきた全ての登場人物や作者の情動を、並列に、あるいは、切り換えながら自分の脳内で血が出るほど誠実にシミュレートすることだ。自分の好きな登場人物や作者の情動の、感情移入しやすい部分だけシミュレートするのは、ただの精神的自慰行為にすぎない。自分がむかついたり反発を感じる作者や登場人物の身体、立場、気持ちになりきって、そこから見える世界を味あわなければならない。





参考記事:
知識の相対化と、知への再帰性
上記よりもメタな話だけど、自分の読書法、というか読書考。

Book of the Year 2010 :私的ベスト本
こちらもどうぞ。
他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

”効率性”再考 - 日常的な意思決定に際して

 生活の様々な局面でこれまで直感(に近い判断)で決めてきた行動規範や仕組みが積み上がっているが、最近、これら1つ1つを十分に見直す必要があることに気付いてきた。自分の行動パターンに対してそれぞれの仕組みが最適化されていないのだ。
 これらについて始めから1つずつ熟考していれば良かったんだけど、どう考えてもそんなしっかりしたこと出来る気がしない。

 よくよく考えてみると、そういうことがしっかりとできる人は、元々そういう”資質”を持っている人じゃないかと思う。ここでいう「元々」というのは、先天的なものに限らず後天的に獲得した形質をも含む。

 ほんの些細なこと、例えば「どんな形状のポストイットを使うか」レベルにしても、自分の行動特性に対して最適化されているかどうかで、それ以降にポストイットを使用するすべての場面で生産性が結構違ってくるんだけど、人生で最初のポストイットを買う時にそんなことは誰も考えていない。それができる人は、元々何に対しても解像度が高い性格の人。

 実はこれは我々人間にとって結構大きな問題で、重要度が高い項目であるにもかかわらず、緊急度が低く主題化されにくいものは問題視されず、長らく放っておかれる傾向にある。その最たるものは「健康」だったりするんだが、病気になって初めて、もはや当人が手放してしまった「健康」が主題化され、それに対しては事後的な処置しか選択肢が残っていないこととなる。”ばあちゃんなんかが「体にだけは気をつけてね」って言うのを華麗に聞き流す若者”という構図は珍しくもなんともないものだが、この「体にだけは気をつけて」というアドバイスは効率性の観点からも真理だったりする。しかし悲しいかな、我々はそれには当分気がつかない。

 つまり、普通の人は、色々と問題が出てきたり不便に感じたりするようになって初めてそれについて考える。自分自身が問題意識とともに改めてその対象を主題化するまでは、非効率的な選択を支持し続けている。この問題を避けるのが難しい理由は、その傾向が”性格”に近いからであると思う。特定の対象に関するハウツーが功を奏する割りに、一般性の高い効率性向上の方法論は実効性に乏しい。それは、事物の主題化の仕方自体が個々人の”資質”に深く関わっているため。この、「一般的な効率性の高さ」を改善するためには、そういう一般性の高いハウツーは意味が無い。

 「解像度を上げ」ながら「常に効率性を意識する」ことは口では簡単に言えるけど、たぶん実際にやろうとしても困難を極めるだろう。だから、我々一般人が取るべき方法は実は1つしかなくて、それは「日常的な判断のレベルを上げる」事。つまり、脊髄反射的な意思決定で判断を誤る確率を下げること。そちらの方(瞬間的な意思決定の精度向上)が、一定のレベルまでは訓練が報われる度合いが大きい。経験を積めば積むほど直感が鋭くなり、初期仮説の精度が高まってくる、とかいう戦コンっぽい話とは、ここら辺で繋がってくる。

 だから、自分を変えようといくら意気込んでもそんなに意味はなく、それよりも思考の精度を上げることがより効率的で生産的な生き方に繋がる、ということだ。なんにつけても。

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

SNSプラットフォームは電力共有の夢を見るか。

 元旦から非常に面白い視点だったので紹介しておく。

「東電+フェイスブック」は正夢か -日経電子版

 201X年X月X日、東京電力は米フェイスブックと電力事業の世界展開で合意した。会員の友達同士が電力を融通できるようになる――。「次の10年」に、こんなニュースが世界を駆けるかもしれない。急進するエネルギーとIT(情報技術)の融合。キープレーヤーの組み合わせは無限だ




 日本の電力各社はスマートコミュニティやスマートグリッドの小規模な実証実験を各地で行っているのだが、巨大SNSサービスとこれら電力会社が組んで行う電力消費の「見える化」と「効率化」というのは、悪くない未来のように思う。

 各世帯の消費電力の可視化には専用の端末が必要だが、これらの情報をクラウド化して管理すれば、世帯の電力消費の実態についての膨大な情報がオンラインで集積されることになる。これまでは主に研究の世界でしか見ることができなかったこれらの情報が万人に開かれれば、当然のように電気代の削減に関する大量のノウハウが生みだされ、即座に共有されるだろう。それらソリューションの提供を狙う民間企業にとって、この情報は宝の山だろう。そして、上記記事冒頭のような電力の共有に踏み込むためのハードルもかなり低くなる。

 そして、中国をはじめとする発展途上国に顕著な「電力の質」の問題も、世帯の電源管理をSNSプラットフォーム上に乗せることによって効率的に管理することができるかもしれない。



 ソーシャルネットワーキングサービスが数億人のユーザーを獲得するようになった時代に、この仕組みを生かす無数の道が我々の目の前に広がっている。コミュニケーションそのものに拘泥するのではなく、より生活そのものと密接に結びついたSNSの使用方法を模索していくことが、インターネットの本当の力を引き出す最大のポイントだろう。


(結びにかえて)

 皆さん、あけましておめでとうございます。

 例年に勝るとも劣らず世界が激動した2010年が終わり、2011年になりました。ソーシャル元年と言われた2010年は、新たに勃興した多くのSNSサービスの強烈な存在感を肌身に感じながら過ごした1年であったと言えます。しかし、本当の意味での変化、日々の生活そのものがまるっきり変わってしまうような革命は、これから起こっていくことでしょう。我々が2010年に目にしたのはその可能性のほんの一端に過ぎないと思っています。そのような意味で、2011年はこれまでにも増して忙しく騒がしい1年になることと思いますし、きっと世界は多くの期待と興奮に包まれるでしょう。私はそのことを信じて疑いません。

 同時に、その速度を上げながら変わりゆく世界に生きることは、我々が自らの頭脳を極限まで回転させながらそれら一つ一つの変化の「意味」を考え抜かなければならないという事実をも示しています。変化を見極めること、そして変化を恐れないこと、2011年は今まで以上にこれが求められる年であると思います。本年も、これらを楽しむことが出来ればいいなと考えています。

 本年もよろしくお願い致します。
他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 
"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
プロフィール

yack

本棚のアウトソーシングに成功しました。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
Lc.ツリータグリスト
検索フォーム
FC2カウンター
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。