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人工知能の限界

・今日の勉強

日経BP BizCOLLEGE
芦田宏直の「ストック情報武装化論」
第7回 人工知能と機能主義の諸問題(3) http://bit.ly/9N11pR


元記事内の引用元(哲学者D・デネット)には、思考実験として数種類のロボットが登場する。

最も単純なプログラムを持つロボットR1は、自分の予備バッテリーをワゴンから取り出す際に作動する時限爆弾を爆発させてしまう。爆弾の存在は認識していたが、その爆弾が持つ意味、自らの行動に及ぼす影響を考慮する事ができなかった。

次に登場したR1D1は、「自分の行動の帰結として自分の意図したものだけではなく、副産物についての帰結も認識する」というプログラムを持っていた。だが、無数の副産物についての全ての帰結を演繹する作業に追われる中で、時限爆弾は結局爆発してしまった。

当然のように、最後に登場するロボットR2D1は、「自分の意図に関係のある帰結と関係のない帰結の区別を行い、関係のないものは無視する」というものになった。だが、彼は結局バッテリーのある部屋の前に立ち止まり、これまた時限爆弾は爆発した。自分の意図と無関係な帰結を探し出し、それを無視する作業に時間が取られてしまったことが原因だった。


元記事では、ここから機能主義の限界と、「無視」という行為が積極的・肯定的にプログラミングされ得る行為ではないとする主張を行っている。詳しくは、上記リンクから確認して欲しい。

※上記は、すべて元記事http://bit.ly/9N11pRを参考に作成


この問題はフレーム問題と呼ばれ、人工知能(AI)の研究分野における長年の難問である。
行おうとする行動から発生する無数の帰結を認識し、選り分けるのにかかる無限時間。人工知能の限界。

この問題に対して、最新の研究においては、状況を限定する事によって有限の空間内における推論を行わせるものが多くある。これはフレーム問題についての真の答えにはなり得ないが、現実的にある程度の”知性”を持つAIとしては成立するだろう。

また、ニューロンネットワークのような、パターン認識能力・学習能力を持つAIであれば克服可能とする向きもある。これは人間の脳と同じメカニズムであるが、実際に人間の推論能力に近いAIができるまでには、理論においても情報処理速度においても相当な進歩を待たなければいけないだろう。


では、我々人間は、いかにしてこのフレーム問題を乗り越えているのだろうか。
人工知能の分野においては、人間は完全にフレーム問題を克服したわけではなく、うまく克服しているように見えるだけという説もある。

人間の脳は、ものすごくいい加減だ。コンピュータのように、(マクロ的に見れば)0/1の信号の積み上げを繰り返して明確な推論をするわけでもなく、はっきりとした基準のもとで情報の取捨選択をしているわけではない。

外界から必要な情報を選択し、分類し、入力/無視する。
これだけの高度な情報取得プロセスを、我々はなんら意識することなくできる。1つの行動を起こす際に、考慮すべき要素をいちいち数え上げてはいない。そこにある飲み物に手を伸ばすとき、中身が安全かどうか、容器が掴めるものか、容器を持ち上げた事によってテーブルが倒壊する可能性について考えたりはしないだろう。

考え出せば無限にあるこれらの可能性のほぼすべてを、我々は難なく「無視」できる。それは経験であり、パターン認知であり、非常に高度な「捨てる技術」である。

人が歳を重ね経験を積むにつれて、当然このパターン化に依拠した行動(情報取捨)が増えるのだが、かといってこの機能が環境因子だけに由来するわけではない。生まれたての赤ちゃんであっても、思考停止することなく多くの情報を選びとり、学んでいく事ができる。赤ちゃんは、大人が無意識に捨てているものにも興味を示し、大人と比べて多くのものを「無視」しない。だが、それでもなお全ての可能性を検討する事はしない。ロボットよりもはるかに高度な推論エンジンを搭載しているのである。

脳の仕組みがこのようになっている理由は明確だ。脳は、省エネ指向なのだ。永久に立ち止まって考えてしまわないために、余計なエネルギーを消費しないために、脳は思考を節約する。

つまり、我々の脳は生得的に、いや、生命誕生以後40億年間に培ってきた膨大なパターン認識システムを核酸の塩基配列の中に組み込んでいる上に、機械には到底想像もできないほど多くの曖昧さを許容する演繹メソッドを有している。これゆえに、我々は機械から見るとものすごく高度な作業を日常的にこなす事ができるというわけだ。


このような人間の脳を模倣したAIを造り上げる事は、難しい。これからも様々な課題を克服しなければいけないだろう。この達成のために、恐らくは、数理の世界では長らく亜流とみなされてきたファジィ理論が重要な役割を担うのだろうし、ニューラルネットワーク的な学習モデルは必須であると思われる。その意味で、情報技術の発達によるところが大きいので、自分が生きている間は無理かもしれないんだが。

(機械の)知性の限界が正確すぎる部分にあるというのは皮肉なものだが、この事実から得られる示唆は大きい。多くの点で正反対の性質を有する「機械の知性」と「人間の知性」。この差異を理解する事が、我々人間の知性の可能性と限界を浮かび上がらせてくれるだろう。


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