書評レビュー東大生ブログ 右往左往 「自分の言葉」を使うこと
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「自分の言葉」を使うこと

自分の言葉で物事を語る事は、かなり難しい。

どこかで聞いたような知識をつなぎ合わせて、どこかで見たような言い回しを使って、我々は言葉を吐く。

自分の思考や言語が先人から影響を受けるのは必然であり、過去の偉人たちの業績に誠実な姿勢で向かえば向かうほど、それらは自分の脳の中深くに入り込む。


「守破離」という言葉がある。
その道の達人になるには、まず達人の型を守り、それを真似るようにする。
型が完璧に身に付いたら、その型を自ら破り、自分の”個性”とも言うべきものを付け足す。
最後に、元々の型から完全に離れ、自分独自の新たな型を完成させる。

自分はまだまだ守の段階。誰かの言葉を介さなければ、何も語れない状態。

その事に、途方もない無力感を覚える。自分が、創造者たりえないという事実を超えられない。
人の言葉で世界を語り、人の思考で真理を演繹する。もはやそれ以外の道は選べないという事実だけが、その耐え難い苦痛の中で自分を支えている気がする。諦観。そう、他人の袴でやるしかないのだ。


決して出られない殻の中で、それでももがき続けて苦しみぬいた後で、ほんのちょっと、1ミリぐらいの隙間から外の光が見えることがある。たまーにだけど、それでも、きまりきった型ではない「違和感」とも言うべきものが、固い殻を少しだけ破って外界に触れようとするのがわかる。

それは、まだ「自分の言葉」ではなく、型との差異としての「違和感」が認識できているに過ぎない。既存のモノとは違う微細な「何か」。
でも、そんな何かが生まれた瞬間が、たまらなく好きだ。たとえそれが何に使えるのか分からなくても、そもそも価値があるものなのか分からなくても、それは今までの内的世界には存在し得なかった新しい部分なのだ。自分の脳内に現れた小さな空間は、その占有体積を広げていく事ができるかもしれない。

一つだけ言えるのは、その新しい「何か」こそが、いずれ「個性」と呼ばれるものになるという事だ。
今はまだ、守。でも、新たな萌芽は、見え始めている。



ルソーの有名な言葉に、もうひとつ付け加えたい。

人は三度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために、三度目は語るために
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No title

もう1つ付け加えてみてもいいですか(´・ω・`)

人は四度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために、三度目は語るために、四度目は感じるために。

(*´ω`*)

No title

その心は?

No title

過去の偉人達から学ばせてもらうべきだけど、どうせ昔に俺よりもっと凄い奴いたよ・・、とか思って自分自身の感覚を閉じ込めるのではなくて、自分自身の人生で様々なことに首を突っ込み続けて、昔の人達の受け売りもいいけどそれだけで終わらせない!何かプラスして語るんだ!!

とか

周りがこの人凄い凄いいってるからって自分もそれにのっかってこの人凄いよとか自分に思い込ませるのでなくて、自分の感覚でこの人は本当に凄いのかを判断するべきだ~て、その後に語るんだ!

とかとか

いろんな意味を込めて感じる為に生まれるとつけたくなりますた。
3度目を感じるにして4度目を語るにした方が合うかも。

No title

一度目と二度目の間に入るのかもしれませんね。
"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
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