書評レビュー東大生ブログ 右往左往 医学の価値・法学の価値
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医学の価値・法学の価値

「代理ミュンヒハウゼン症候群」

聞き慣れない言葉がテレビの画面上に踊る。

代理ミュンヒハウゼン症候群 点滴混入の母親に懲役10年
MBSニュース

また痛ましい事件が起こってしまった。日本はどうなってしまうんだろうねぇ。

そう評する事は、たやすい。


だが、懲役10年の実刑判決を支持した裁判員達にとっては、そう簡単な問題ではなかったようだ。

そのうちの一人が「理解しにくかった」と語るのは当然の反応だろうし、この事件を裁くことが非常に難しいものであったことに疑問の余地はない。


wikipedia - 代理ミュンヒハウゼン症候群

ミュンヒハウゼン症候群の一形態であって、傷害の対象が自分自身ではなく何か代理のものであるような精神疾患である。
多くの場合傷害対象は自らの子供であるため、児童虐待と同列に挙げられることも多い。しかしながら傷害行為自体は患者の目的ではなく、手段として傷害行為に及び自分に周囲の関心を引き寄せることで、自らの精神的満足を他者から得ようとしているものである。



悪質な殺人事件の裁判において、被告が精神疾患か否かは常に重要な争点となる。
もし、精神疾患が犯行時の被告の行動に大きな影響を及ぼしていた事が十分に認められれば、そうでない場合に比べて刑は軽くなる。

被告弁護側の精神科医の診断が正しいかどうかはひとまず置いといて、今回の実刑10年という判決は重いものであるというのが一般的な意見であるようだ。


「理解しにくかった」

そこには、法学が挑み続けている大いなる問いがあり、科学が挑まなければならない高い高い壁がある。


それが”症候群”である場合、それに起因する一連の行動は”生理的な”現象であることを意味する。
それが生理的な現象に起因する行動である場合、その帰結としての犯行が罰されるべきかどうかは、非常に難しい判断であろう。

それが罰されるべきかという倫理的な基準を決めるのは、言うまでもなく法学が担当しなければいけない難題だ。
しかし、その生理的な現象が”どれだけ”生理的かどうかは、医学が説明するより他にない。
これを説明するのは難しい。fMRIが脳の全貌を暴いたからといって、定量的な説明は出来ないのかもしれない。

が、それでもなお、法学と医学の接点を明確にすること無しに、このようなケースにおける判決を明確にすることはできない。そこに必要なのは言うまでもなくサイエンス的なアプローチであり、全ての現象を因果律が貫く世界からの声であるはずだ。

裁判員に理解しにくいなら、理解しやすい形で提示すればよい。医学が。


勘違いしてはいけない。
法学にファジィ理論を適用することは不可能なのだ。
医学には、(あるいは)それができる。

厳密性の担保としてのファジィさ(曖昧さ)を受け入れられるのは、科学の実子である医学だけなのだ。そこに確率論を持ち込むことすら、神に背く行為とはならないはずだ。

説明こそが、科学のレゾンデートルである。
規律こそが、法学の存在理由である。



科学にはもっと多くができるはず。
今回の裁判を見ていて、そう強く感じた。


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