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科学と哲学と人生と

当ブログの主要なテーマになってきた”科学と哲学の関係性”であるが、最近、これについての何らかの答え(自分なりの回答)を出したいと思うようになってきた。

その道はまだまだ遠いが、色んな思想に触れて思索にふける中で、それ自体は別段難しい事ではないんじゃないかと感じるようになった。
つまり、その答えは不可知ではない、と。

科学と哲学は、これまでの長い歴史の中でその境界線上で激しい戦いと調停を繰り返してきた。
その境界線の混沌たるやまさにフラクタル(自己相似)的であり、一次元と二次元の狭間に迷い込んでその状況をうまく認識できないような状況だった。

が、そこに新たに1つの視点を加えると、その混沌はいささかすっきりとし、何をどこまで切り分ければいいかがおぼろげながら分かるように思う。

「いかに生きればよいか」


いかに生きればいいかなんて話は哲学の守備範囲だろう、という声が至る所から聞こえてきそうだが、自分にはそれがそうではないように思える。限りなくソフトであり限りなくハードである(学問としての)哲学は、我々の人生にとっての本当の指針を与えてくれているのだろうか。

存在者として、生きる主体として、そして何にもまして”知性から見放されたもの”としての我々人間がどう生きるかを扱うのは、哲学ではありえない。

”学問に過ぎる”哲学とは全く別次元の「生きるための実学」としての新たな思想体系を、我々のポートフォリオに加える事が必要とされているんじゃないだろうか。より緩く、より直感に近いところの知識体系が、哲学と科学の役割を明確化するんじゃないだろうか。

もっともそんな類のものは、暗黙知として、集合知として既に我々の頭の中で一定の地位を占めているだろう。
そう。だけど、体系的なものはまだない。

「いかに生きるか」という問いをよりファジーで実利的に捉え、そこから全てを俯瞰し直してみると、「科学」は完全な行動のツールに、そして「哲学」は思考のツールとしてプロットする事ができると思う。


知性に劣る我々がその短い人生で出来ることといえば、ある恣意的な意志決定モデルを選択し、その変数をいじくって自分に最適化させる事ぐらいなんじゃないか。
例えば、カール・ポパーが言うところの「方法論的本質主義」 -全ての物事にはそれを定義する「本質」が存在し、現実世界はその本質に従って動いている、という考え方 - をあえて全面的に認める事、それに基づいて科学と哲学を俯瞰するとすっきりするよね、って事。

そんな”逃げ”の姿勢によって、深い安心とともにシンプルに生きる事ができる人はいっぱいいるんじゃないだろうか。

ちょっと前のエントリで述べた、科学を受動的に理解した後の、能動的な生き方の指針としての哲学、という図式は、現代でも適用する事ができるはず。
科学の完成を待たずして、哲学の完成を待たずして、受動的且つ能動的な態度を取るための溶媒としての「生き方の実学」。

科学を全面的に受け入れる。端数は切り捨て。
哲学も選択的に受け入れる。
論理的整合性も、ソフトさに対する不安も、一旦忘れよう。
間違っててもしょうがない。どうせ自分じゃ気付かないんだし、多少の不利益は構わない。
その考えの間違いも、危険性も認めたうえで。

そういう提案も、いいんじゃないだろうか。

こういう態度が諸学問の発展を阻害するかといえば、それはないと思うし。
好きな人が好きなだけやるだろう。


なんてったって、我々は自分たちが何も知らないという事をよく理解してるし、肝に銘じながら生きてるじゃないか。
その証拠に、アリストテレスが2000年以上も前に言った言葉を、我々はまだ覚えてる。


いずれにしろ、物質的充足のなかで生きる意味を見失った現代人には、限りなく先鋭的に進化を続ける「科学」「哲学」をやんわりと結び付ける”何か”が必要であろう。


※上記は、全面的に自分が取っている立場かといえば、決してそうではない。そういうのもあるよねって話。
あと、この記事が超低レベルで且つ昔に終わった議論をなぞっているだけに見える事はわかってる。抽象的すぎることも。具体的な所はまだまだ言語化しきれてない・・
でも、このテーマについての思索はまだまだ始まったばっかりだし、これからも考え続けることになるだろう。

関連記事:
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