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ソフトな科学とハードな宗教

科学における命題群が成す全体系は柔軟であり、エラー検出・自己修復機能を有する、というのが現代における科学哲学の主要な見解だ。

既存の事実認識の一部に矛盾し、その見直しを迫るような経験論的事実によって、該当部分が修正され、それに合わせて全体が微調整されると言う事だ。


ここで重要なのは、科学は一つの思想体系である、という事。

それは絶対的事実によって支えられているのではなく、「この世界を見るために経験論的・観察的事実を採用します」という”思想”にすぎないという事。


そういう意味で、科学は言うまでもなく宗教の一つだ。
それ自体で完結した1つの思想体系であるという点で、紛れもなく。


では、他の宗教には、自己修復機能は付いているか。

キリスト教が地動説の誤りを認めたのは、ごくごく最近になってから。

多くのマイナーチェンジはあるんだろうけど、目立った修復が成されたというのは聞いたことが無い。


まぁそれも当然だろう。

科学以外の宗教にかけているもの。
ベンチマーク。

自分が間違っているかどうかを判断するための、相対的な比較項目が、世界中どんな宗教にも存在しない。

それは、多分に内的な思想に偏り過ぎているため、実際の世界に目を向ける事が無くなっている。
だから、ベンチマークがない。


そんなものが無くたって、永久に普遍な絶対的事実があるから大丈夫だって?
その考え方は、甘い。甘すぎる。



20世紀は、宗教上の重要な考え方の幾つかが完全に葬り去られた世紀だった。
数学的なアプローチだったり哲学的なアプローチによって、完全に宗教上の主要な命題が否定された衝撃は、現代思想界に大きな影響を与えてきた。

その過程をみると、その論理展開をみると、宗教の全体系を支える根本的な命題が瓦解するのも、時間の問題に思える。

宗教って、すごくソフトに見えるけど、ガッチガチのハードな思想がその根底を支えている。

結局、人間に捉えられないものに、その意味合いに違和感を感じる人は少なくないし、多くの事柄は、絶対的事実であってはいけないんだろう。




科学って、ホントはすっごくソフトなんだ


そうだね

だって

この世界は

ハードでは

いられないから



宗教は

そのハードさゆえに

瓦解する

必ず
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No title

必ず瓦解すると私達が分かっていても、実際宗教を強烈に信じている人達からすると私達は、私達から見た彼らと同じように映るのではないかなと思っています。ある意味私達も強烈に信じていますからね。神以外の何かを。

宗教は無意味だと言っている人も宗教は有意だと言っている人も、結局は同じ次元に居るんじゃないかなと感じている今日この頃です。ならどうすればいいんだろう・・w

No title

実際、特に日本のように宗教信仰者が少ない国だと、科学=真実、宗教=思想だと思っている人が多いですしね。数式や統計等はあくまで確率やカテゴライズを作る為のツールであってそれが物事のすべてを解明できているわけでもないのに。

>とらさん
結局は同じ次元にいて、ただ視点が違っているだけなんでしょうね。台風を「神の怒り」と見るか、「自然災害」と見るか、「人為的な問題」と見るか。どの見方も間違いではないけど、そこで自分の宗教、思想が正しい、相手のは間違っていると争うから問題になる。
互いの視点を認め合い、その上で自身の信ずるものを信じれば良いのではないかと思います。

No title

>とらさん
そうですね。結局は、何が正しいとは言えないと思いますね。
実は、キリスト教の神が存在しない事は”数学的”には証明されているんですが、キリスト教徒はそんな事には毛ほどの興味もないでしょうしw

最終的には、自分の価値観に沿った思想体系を選択して、そこから世界を見るしかないと思うんですけどねー

>ytkさん
そうですね。科学=事実と考えている人は多いと思います。
科学も所詮は経験論ですからね。

まぁそれでも、自身、日常の場面や研究中は科学=事実と捉えることは少なくないです。その方が都合がいいですし。
たまにはそうじゃないという事を思いだす必要があるな~なんて。

>互いの視点を認め合い、その上で自身の信ずるものを信じれば良いのではないかと思います。
おっしゃる通りだと思います。
"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
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