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今日考えた事。

「責任を持つ」って、どういう事なんだろう。

自分の人生に対して。
他人の人生に対して。

地に足をつけて、生命の躍動を感じながら毎日を生きている人を見ると、純粋にうらやましい。

そういう人達だけが認知できる、ある種の”重さ”があると思う。

その重さを感じ取れる人だけが、色々なものに対して責任をもてるんだと思う。


それが感じられない事は、現代人を蝕む病理なんじゃないか。
「死に至る病」の、より低次の概念としての「生に至らない病」。

現実が、両の手からすり抜ける。


なにか二流の演劇を見ているような、決して実際の出来事ではないような、傍観者的感覚。
埋まらない隙間。


圧倒的なリアルの中でしか生きられない人がいる。
それ以外の選択肢なんて、生まれる前から与えられていない人たちがいる。


そこに輝く溢れんばかりの生は、多くの犠牲の上に成り立つ事は重々承知の上。
でも、それをうらやましく思ってしまう自分がいることは、隠せない。


生まれた瞬間、全ての人は平等に現実だ。
成長過程において、根源的な生への欲求や現実への回帰の方向性が定まってくる前から全ての基本的要求が充足される事で、精神世界の外向きの拡張は抑制される。


世界を動かしていくのは、成熟した”大人”ではなく、客席で惜しみない拍手を送る”観客”でもない。


目を輝かせて未来を見つめる”子供たち”は、無限の可能性を持っている。
そんな彼らだけが、あらゆる人生に対して責任を持つことが出来る。
自分の足で立ち上がり、歩き出す事が出来るんだろう。



マズローの欲求階層は、なぜピラミッド型なのか。
その構造が暗示するのは、
「下がなければ、上はない」
という事実だけだ。

そう、生きるって、そういう事だよね。





生きたい。
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"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
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