書評レビュー東大生ブログ 右往左往 オーシャンズを「偽善」と言う事の愚かさ
QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

オーシャンズを「偽善」と言う事の愚かさ

俺の邪悪なメモ:これは偽善だ!(映画『オーシャンズ』を観て)
つまり、このドキュメンタリー映画が本当に伝えてくれてることは、環境云々のメッセージではなく、「現在の映像技術で捏造された "事実" は見抜くことができない」というリテラシーの危うさなんだと思います。



ハァ?(°Д°)

じゃあドキュメンタリーって、何?

ドキュメンタリーは劇映画、ドラマと本質的に差はないと、遥か昔からわかってるじゃない。


オーシャンズのレビューはこの間記事にしたが、基本的には先のブロガーの人と意見のベクトルは変わらない。

そこには確かにある”スタンス”があった。

ただ、もっとメタ的な視点で製作者の目的を鑑みると、このアプローチは至極まっとうなものだよね。


ドキュメンタリーに色がついてるとか、見せ方が恣意的だとかは、もう古いよ。
そんな大昔の論点を引っ張り出して来てこの映画を語るのは、いい事だとも賢い事だとも思えない。

CGを使っていようがいまいが、いつの時代も見抜けない部分はある。
そしてそれでも、「見える」ものは「見える」。


本作も、メディアリテラシーは言うまでもなく、ある種の感性が視聴者に求められた映画だったと評したい。

それをわかった上で、どう感じるか。
”創られた”モノを含めたリアルの中に何を見るか。



この映画から得られる学びも、そういった部分。



こういうテーマに関して日々考え抜いている人じゃないと正しく捉えられない部分はあると思うから、しょうがないのかもしれないけど。


関連記事、というか本エントリーの主張の基の部分。「見えた」モノ:
映画評:オーシャンズ(OCEANS)はやっぱり凄かった!
関連記事

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

コメントの投稿

非公開コメント

"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
プロフィール

yack

本棚のアウトソーシングに成功しました。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
Lc.ツリータグリスト
検索フォーム
FC2カウンター
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。