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大学院の授業

前期の講義が終わった。
期末の筆記試験は0。レポートをいくつか書いて終了した。

院によって違うが、僕のところは試験が無い代わりにプレゼン・ディベート形式が多かった。
個人的には、このスタイルはよかったと思う。

大学における教育はどうあるべきか。
まず目的
・専門の研究に最低限必要な知識を体系的に身につける
・教養を身につける
・基底能力を高める
そして制約条件
・人数の多さ
・教員の人数、時間

目的1つ目。
個人的には、授業は小学生の時点から聞いたことはほとんどない。
他人から教わるより、自分で勉強したほうが数倍速いからだ。これは誰にとっても同じであろう。
ただ、専門的な内容については、よくまとまっているテキストが少ないことも多いので、講義形式のものはある程度必要だろう。

2つ目。
該当の機能はカリキュラムに無し。
一般教養の授業はすでに形骸化しており、単位稼ぎだけのために存在する。
これらの授業は不用であろう。教養は、興味とともにあるもので、わざわざ講義をするより、家で時代小説でも読んでるほうがいいのである(自分は全く読まないが、周りには結構読んでるやつ多い)。
この分の時間を他の目的に振り分けるのがよいと思う。

そして、少なくとも、現在の教育においては(義務教育を含めての話だが)、目的の3番目を満たせるようなカリキュラムは基本的には、ない。これが一番問題。
思考力を鍛えるには、ディベートとかが一番だし、プレゼンをうまくやる能力も社会に出たら必須。
これらの形式をもっと増やすべき。
(ほんとは、論理的な思考とは何か、とか教育の早い段階で座学でやってるべきなんだけど、それについては言うまい)

日本の大学生のレベルは、残念ながら先進国の中では恐ろしいほど低い。
形骸化した教育から生まれるのは、考えることをやめた使えない学生達だけだ。
その事実は、東大でも京大でも変わらない。
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"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
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