書評レビュー東大生ブログ 右往左往 2010年12月
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Book of the Year 2010 :私的ベスト本

もう1時間ちょっとで、今年が終わる。

今年も、これまでと変わらず素敵な本と出会い、学び、多くを考えた年だった。世界の内部へ、宇宙の遥か遠くへ、過去へ未来へ思いを馳せた。

これを言わずには年を越せない何冊かを、様々な軸にそって選んでみた。今年出版されたものに限らないし、分野も様々だ。でも、下に挙げる本は、その一つ一つが強烈な光を放ちながら自分の中に飛び込んできたものであり、特定の専門分野を超えて、確かに万人の心に何らかの引っかき傷を残すに違いない本である。是非、ご一読を。


No.5 夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

四畳半神話大系との出会いを発端に森見作品を読み漁った一年であったが、中でも本書の面白さはちょっと口では説明できない。厳しい冬に、ほんのり温かくなれる恋愛ファンタジー小説。

書評 - 夜は短し 歩けよ乙女



No.4 数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み

人が数を操る能力とはどのようなもので、脳のどのようなメカニズムによって為されているのか。そしてその限界とは。「数」の視点から人間の脳の本質を明らかにしていく中で、多くの驚くべき事実が明かされてゆき、人間について深く考えるきっかけを与えてくれた。今年出版されたサイエンス系の書籍ではベスト。


No.3 人類が知っていることすべての短い歴史


人類が誕生してから科学が明らかにしたこの世界に関する知見を、科学者たちの溢れる情熱と奮闘のドラマを織り交ぜながら記述したもの。600ページ超にも達する分厚い本の中に、宇宙の誕生から人類の進化まで驚くほどの多くの範囲を押さえている。あふれ出る好奇心とともに、世界を知る旅に出よう。名著。


No.2 増補 科学の解釈学 (ちくま学芸文庫)

科学とは何か。我々にとって、科学はどんな意味を持ち、それは世界をどう写し出しているのか。このような主題に挑んだ近現代の科学哲学者達の奇跡を辿りながら、真理の縁へ、認識の奥底へと著者とともにゆっくりと降りていくことができる、科学に携わる人にとっても必読の一冊。
インパクトではこれが1位にふさわしいが、難解さと専門性の高さゆえに、2位とした。


///////////Book of the Year 2010//////////////////

No.1 イシューより始めよ-知的生産の「シンプルな本質」

12月出版ながら、2010年ベスト本。詳細はレビュー記事に詳しいが、自分に関わる全ての人に薦めたい一冊。

知的生産の難しさや奥深さはさることながら、その”面白さ”をこれほどまでに感じる事ができる方法論の本はあまりない。巷にあふれる”言うは易し、行うは難し”の問題解決の技術の中にあって、本書の方法論は、苦しみとともに小さな一歩、しかし確実に前へ足を出すことを促してくれるだろう。

書評:イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」


レビュー記事を読むまでもなく、問答無用で買うべきです。
イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

/////////////////////////////////////////////////


次点、あるいは、ランキングに並べるのも憚られる偉大な書物たち
・「論理哲学論考」ウィトゲンシュタイン
・「精神現象学」へーゲル
・「死に至る病」キルケゴール
・「共産党宣言」マルクス,エンゲルス



ではでは、来年も数多くの良書と出合えることを信じて。
良いお年を~。
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年末!

2010年ももうすぐ終わる。

修士論文という大仕事があるので、いつになく忙しい年末だ。物理的にも精神的にも、身辺をきちんと整理して万全の態勢で新年を迎える事はできそうにない(これを書いている今も、研究室に泊っているのだし)。

この間の誕生日にもこれまでを振り返る記事を書いたし、そう何回も総括する必要はないんだけど、改めて思い返してみても今年は色々と特別な年になった。色々な事に首を突っ込み、これまでにない経験をさせてもらった。自分の人生を考察する時間も少なくなかったし、良かれ悪しかれ”特定の方向”に大きく舵を切った。

まこと、人生とは不思議なものだ。ふわふわと漂いながら生きていても、嬉しいことや不安になること、様々な局面を見ることができる。

「今年も」楽しく暮らしてこれたことを各位に感謝しつつ、これからも変わらずにあらぬ方角に向かってずんずんと邁進するのである。



とりあえず、1人孤独に研究室で年越しすることにする。


余裕があれば、年越し前か正月に2010年のBook of the Yearを決めて記事にしようと思う。
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書評:「社会を変える」お金の使い方

-投票としての寄付 投資としての寄付 
駒崎弘樹 著

英治出版様より受贈。

今の日本で、寄付という言葉にクリエイティブな意味を想起する人は多くないだろう。
寄付がビジネスモデルとして立派に機能する選択肢だと考える人も少ないはずだ。

本書は、始めはそんな考えしか持っていなかった著者が、自身が代表を務めるNPOが寄付による資金を獲得しながらしだいに事業を軌道に乗せていくストーリーを通して、寄付の役割やその重要性を語る本である。

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

「ネットの作法」を学ぶ

インターネットの進歩が声なき一般市民に大きな力を与えた。

WEB2.0と呼ばれるようになって久しいインターネット世界の特徴は、しばしばこう論じられる。

一昔前までは自らの意思を世の中に向けて発信する術を持たなかった弱い個人が、様々なソーシャルプラットフォームを活用して情報を発信していく。”その他大勢”というラベルを付けられ、ただただ埋没していた多くの個性に様々な形で光が当てられるようになったことは、確かに恩恵と言って然るべきだろう。

Twitterの登場によってこのような傾向は強まりを見せ、急激なスピードで流れる情報のうねりの中で実に多様な言葉が飛び交っている。

先日、Twitter上でNHKの公式PRアカウントがさかなクンが登場する当局の番組に関して呟いたTweetと、それに対する視聴者の反応が話題になった。

http://www.yukawanet.com/archives/3150197.html

要約すると、NHKのアカウントが「さかなクン」に対して「さん」など敬称を付けずに呼び捨てで呟いた事に対して複数のTwitterユーザーから批判を受け、謝罪に至ったという事件だ。

別にそこまで騒ぎ立てる事でもないし、クンの後にさんをつけるのは違和感がある。個人的にはそう思うのだが、これについて色々と議論が巻き起こったようだ。


本当に敬称が必要だったかどうかは置いといて、この場面を見ていて少々考えた事がある。これは、インターネット社会で情報を発信していく”旧世界の強者”が抱える課題を克明に描き出した、ある意味で象徴的な事件なんじゃないか、と。


Twwiterなんかを見ていても、これまでは情報を発信するだけだった側がユーザー側に回り、強者と弱者の間の距離はこれまでにないくらい近づいた事を実感する。企業の公式アカウントや有名な経営者に対して罵詈雑言を浴びせる個人は別に珍しくないし、彼らと一般市民のケンカも今では普通の光景になった。

これまで得る事のなかった手痛いフィードバックに急に対応しなければならなくなった彼らは、インターネット世界の「現場」に関する何の経験値もリテラシーも持たない。2chほどではないが、Twitter上でもちょっとしたつぶやきに対して脊髄反射的につっかかってくる輩は少なくない。このようにほぼリアルタイムでなされるやりとりの中で、適切なふるまいをする事がいかに困難かは、実際に痛い目を見ながら学んでいくしかない。


今回のNHKの対応は間違ったものだと思う。謝罪する必要は全くなく、なぜ敬称を略したのか、その裏にあったはずの考察を淡々と述べる事で自体を鎮静化する事が可能だったはずだ。しかし、上で述べたとおり、なんの作法も知らない彼らに正解を求める事は酷である。NHKの中の人は、物凄いスピードで広がっていく思わぬクレームの嵐に萎縮してしまったのだろう。即座に謝罪する事ぐらいしか思いつかなくてもしょうがない。コミュニケーションのスピードが速い事も、この問題を一層深刻にしている。

批判をした面々は、普段からNHKを好意的に思っていなかった人達かも知れない。そういった小さな声、ごくごく少数の外れ値でも、ダイレクトに届いてしまうのがネットの怖さである。どんな音でも拾ってしまう拡声器のようなものだ。どんなにひどいバイアスがかかっていても、それらは情報発信者の目の前に等しく現れるだろう。


旧時代の強者も、ソーシャルプラットフォームの中では単なる1ユーザーに過ぎない。彼らはこれからも痛い目を見るだろうが、それでもその中で「インターネットの作法」を学ばなければならない。彼らは、リアルで繰り広げられる熾烈な争いに生き残るためにWEBに活路を見出そうとした。しかし、ネットはネットで全く異質の厳しい生存環境に晒される事になるのだ。


彼らがネット上でも存在感を発揮し始めるのは、まだまだ先になりそうだ。
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科学の変遷と、その表れ

トマス・クーン「科学革命の構造」を読んだ。
1962年に著されてから現代に至るまで大きな反響を呼び、科学哲学の発展に大きく寄与した、世紀の古典である。


科学の進歩とは、我々人間の叡智が自然の「真理」に累積的に近づいていく過程である。
近代の科学の発展により主流となった、科学主義と呼ばれるこの考え方を、クーンは痛烈に批判した。


科学は真理へと近づいていく活動ではなく、新たな「パラダイム」への転換を繰り返しながら非連続的に変化していく過程である。そうクーンは言う。
科学活動の大部分を占める「通常科学」の枠組みではやがて解けない問題が多数見つかるようになり、意見を異にする学説が多数出現し、既存のパラダイムに「危機」が訪れる。そして闘いに勝利した学説を基に新たなパラダイムへの移行が徐々に行われる。有名なものでは、コペルニクスの地動説やアインシュタインの相対性理論などがある。

彼がそれまでの科学哲学に突きつけたのは、科学は絶対ではありえず、科学者コミュニティ内の間主観的な判断の蓄積が科学の進路を決定してるという、「客観的で絶対的な科学」を信じて疑わなかったあらゆる人々にとって衝撃的な事実だった。


さて、本書を読む以前に関連書籍を何冊も読んでいた事もあって、彼の主張の大体の所は把握していたつもりだったのだが、やはり本書を丁寧に読み解く事で多くの新鮮な発見があった。

印象に残った点を挙げていけばキリがないんだけど、一つだけ書いておくと、それは科学史の表れ方についての部分。

科学者は、既存のパラダイム(理論の集合、研究の方法など)に則って自らの研究を進めていく(通常科学)。そのパラダイムに属する科学者1人1人は、若いころからこのパラダイムに沿った教育を受け、その考え方や研究方法に順応していく事で、一人前の科学者として自らの研究を効率的に進める。
ここで、教育を受ける若い研究者にとっては、自分の研究分野に激しい議論の末のパラダイム・シフトが起こった事は気付きにくく、教えられる理論集合などを当然のこととして受け止める。

それは、科学の分野における教育が他の分野と異なり、教科書に占める割合が大きいからである、とクーンは言っている。

科学の教科書の中では、一般的にその分野の過去の業績は触れられはするものの、その記述は限界まで簡略化され、その発展の歴史が一直線に流れるように進んできたという印象を与えてしまう。このような教科書を用いて学んだ若い研究者が既存のパラダイムを永久不変なもののように錯覚するのは、仕方のない事である。そして、教科書の記述がそのように簡潔なものとなるのも、紙面の制約などからこれまた当然の成り行きである。

よって、既存のパラダイムにどっぷりと浸った研究者が大量に生まれ、通常科学における「パズル解き」に邁進するのである。

クーンはこれに対して批判的なわけではない。通常科学は必要なものであり、このような錯覚は構造的に生まれざるを得ないものであると言っている。


本書の中でクーンが例示した幾つかのパラダイム移行の際の議論は、どれも生々しく激しいものであった。歴史を紐解くまでもなく、このような論争は今現在も世界中あちこちで行われている。そして、過ぎ去った過去の議論の”熱量”を後になって我々が知る手段は非常に限られている。

メディアでも書物でも、未来に伝ええない質の情報は存在するし、我々の対象についての理解を単線的で尖りのないものにする可能性を大いに孕んでいると言える。我々が持つ宿命、それは、自らが意識しないまま特定のイデオロギーに拘泥される事に甘んじるしかないという事実であり、少なくとも世界を変えるためにはそれらは不利に働くという事実だ。

一次情報を取る事の重要性や現場感覚を持つ必要性が言われる事は多いが、その意味が本書を読んで初めて腑に落ちた気がする。

*ちなみに、中山茂訳の本書(みすず書房, 1971/01)では、原著出版7年後のクーンによる、40pにわたる補章が付せられており、その間に起こった議論や主な批判について、クーン本人が丁寧に答えている。誤解される事が絶えないクーンだが、この補章を読めば、彼の言わんとしている所がより明確に分かるのではないだろうか。


科学革命の構造

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書評:イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

安宅和人 著

本書は、戦略系コンサルティングファーム、神経科学、そして有名IT企業と他分野にわたる異色のキャリアを歩んできた著者が、しかし首尾一貫して実践してきた知的生産の技術を余すところなく説明した本である。

知的生産≒問題解決についての書籍は今となっては星の数ほどあるが、本書の出来はそれら類書と比較して突出している。

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

記憶に残るクラシコ

「伝統の一戦」

この言葉には重みがある。

幾十年の歴史が積み重なり、人々の思いが交錯し、数々の栄光と挫折を通過した先にのみ、伝統は作られる。

スポーツにおける伝統の一戦は、それぞれのチームが根ざしている地域間の闘いでもある。それは文化的な文脈の上に成り立つ闘いであり、固唾をのんで見守る人々のアイデンティティを巡る闘いである。


日本であれば、野球の阪神-巨人戦が最も有名だろう。

彼らの熱狂ぶりは、周囲から見ればあまりにも理解しがたく、対象の価値と著しく乖離した何か別のものを見ているようにも思えよう。そう、彼らがその”一戦”の奥に捉えているのは、自分自身と世界との関わり方そのものであり、その熱量を客観的に捉える事は無駄な試みといえる。



スペインの首都マドリードに本拠地を置くサッカークラブチーム、レアル・マドリード。リーガ・エスパニョーラの一部リーグ、プリメーラ・ディビシオンに所属し、リーガとUEFAチャンピオンズリーグ両方における最多優勝記録を持つクラブである。「レアル」とは王冠を意味し、そのロゴマークにも王冠が描かれている事は、世界のサッカーシーンでの彼らの王としての存在感を雄弁に物語っている。

FCバルセロナは、スペインのバルセロナに本拠を構えるクラブチームであり、リーガではレアル・マドリードに次ぐ優勝回数を誇る名門クラブである。数々のスター選手を輩出し、ヨーロッパの頂点に立つ事幾度、そのサポーターのあまりの熱狂ぶりから”クラブ以上の存在”と称される。

この2チームは、100年以上の長きに渡る対立の歴史を持ち、このクラブ同士の選手の移籍はタブーとされているほどの因縁を持つ。リーガ・エスパニョーラにおいて年に2度この両チームが激突する試合は「El Clasico」と呼ばれ、世界中で注目される頂上決戦である。

最も有名な「伝統の一戦」。


11/30(日本時間)、またこの一戦が訪れた。ここ3年間の成績では、FCバルセロナ(通称バルサ)が4連勝と大きく水をあけている。場所はバルサのホームスタジアム「カンプ・ノウ」、収容人数は10万人を誇り、このスタジアムに乗り込んでくるチームからは”魔物が棲む”と言われている。

物心ついた時からバルサを応援している自分にとっても、当然この一戦は大イベントであり、数日前から緊張と興奮が心の中で渦巻いていた。


今回も皆が寝静まった深夜にWOWOW見ながらツイッター上で大騒ぎしていたんだが、ここまで圧倒的な試合運びだったのは、最近で自分が覚えている限り他に1試合しかない。それだけ圧倒的だった。

2000年代後半のサッカー史はまさにバルサの時代と言ってよく、世界最強クラブと呼ぶことを誰も躊躇しない。そんな中で、さらにホームの試合でもあったので期待はしていたんだけど、今シーズン新たに指揮をとっているモウリーニョ監督のもとで久しぶりに首位をひた走っていたレアルとの激突は、まったく結果の予想できない一戦であった。

そんな経緯があったからこそ、この結果は記録以上に記憶にこそ残る大勝であったし、バルサファンが歓喜する理由なのである。

終始ボールを支配し、芸術の域に達するパス回しを見せつけ、GKカシーリャスに強烈なシュートを浴びせ続けたバルサイレブンは、もはや別次元のフットボールをしていたと言っていい。

今まで数々のクラシコを見てきて、強烈に記憶に残っている試合は幾つかある。5年前にサンチャゴ・ベルナベウでレアルサポーターからスタンディング・オーべーションを受けたロナウジーニョ。ブラウン管を通してあの光景を見た感動もまた忘れられないが、今回の試合も、涙なしには見られない、一生涯忘れ得ない一戦となった。

解説として現地に赴いていた岡田監督はこう言った。「これはもう未来のサッカー。指導者として、感動というよりショックだった」

試合後、イムノが響き渡るカンプノウを見ながら、自分にとっての特別な1日がまた一つ増えたという事実を、1人噛みしめた。




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"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
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