書評レビュー東大生ブログ 右往左往 2010年01月
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名著再読:問題発見プロフェッショナル

数年前に何回か読み、その後本棚にどっしりと鎮座していた本書を手に取ったのは、相応の必要性があっての事。

前著「問題解決プロフェッショナル」と本書の2冊は、戦略系のコンサルティングファームにおいての新人研修の教科書にも使われる、10年以上の時の洗礼を乗り越えてきた名著だ。

この本において著者は、問題を解決するには、まずは解決すべき問題を正しく定義できなければいけないと説く。
そして、問題を捉えきれていない例が、非常に多いと。

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iPadが越えられない壁:Amazon Kindle

先のAppleの会見で、タブレット型PC「iPad」の概要も大体見えてきた。

各所で様々な議論がなされているが、それをざっと見渡して、感じたことがある。

なぜこうも、Kindleの終末が噂されるのか。
Kindleは、もはやiPadの中の一機能になり下がったのか。


自分は、今や世間のコンセンサスとなりつつあるKindle不要論には大手を振って反対する。

貪るように読み、本との付き合いには特別の感情を持っている読書家として。
また、Kindleを使い、iPhone(Touchだが)の電子ブックリーダーも使い、iPhoneベースのKindleアプリも使った者として。


ここでの論点は、3つある。

一覧性
可搬性
可読性
である。

そもそもiPadは、”大きすぎる”。
本を読むときに、あんな大画面で読みたいとは全く思わない。おそらく、多くの人は、”あんな”と言うほどの大きさではないだろう、と言うだろう。公式の動画を見ても、一般のハードカバーの見開きと同じぐらいだとわかる。
ただ、それでもなお、大きすぎるのだ。
電子ブックである事の1つの大きなメリットに、ページからページへの視線の移動が無くなったというものがある。
iPadはそれを蒸し返すかもしれない。

そしてその大きさだけでなくPCとしての性質ゆえに、それを本として扱う事は、難しい。
前の人の背中とくっつくような日本の満員電車において、あのサイズのハイテクで脆弱なガジェットを誰が目線まで持ち上げてずっと文字を追っていたいと思うだろうか。
ほとんど手ぶらで出かけたいとき、iPadはどこにでも持ち歩けるモノのリストに入ってる?Kindleがそうであったようには、いかない。
その少しの大きさと、途方もない高価さは、それを単なる読書ツールとして粗雑に扱う”心持ち”から遠ざけるだろう。
本は、読者と一体化していなければならない。
iPadは確かに、PCの常識を覆すほどのフィット感を我々に与えるだろうが、それでもなお足りないのだ。
読書とは、存在するべきではない行為なのだ。それは、空気でなければならない。
存在すべきは、本の中の物語のみで十分だ。

最後に、可読性の問題。
まぁこれは、慣れの問題もあるけど、Kindleが用いている電子インクを、iPadは持っていない。
つまりブラウジングしているのに等しいという事だが、結構目が疲れるし、長時間読むと集中力が希薄化していく。
iPhoneのKindleアプリでもそうだった。



そもそも、セグメントは同じではない。
AmazonもAppleもその事は承知しているだろう。
それがこんなにも比較されるのは、iPadの正しい使いこなし方をまだ誰もイメージできていないからではないだろうか。
おそらく、大画面用のアプリが出そろって初めて、正解を知る事が出来るのだろう。


まだまだ焦ってはいけない。発売されてもいないんだから。


関連記事:
ChromeタブレットがiPadよりも美味しくないただ一つの理由
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知性の構造

西部邁 著


驚きとともに畏怖の念を感じずにはいられない。

かくも巨大な知性が存在した事に。
こんな本が、日本で書かれていたという事実に。

そして感謝したい。
人生の遅からぬ時期に、本書と巡り合えたとてつもない幸運に。


本書は、思想家であり著名な論客である著者が、日本における知の堕落の現状を喝破した上で、知性とは何か、そして言語とは何かを、85点の図を用いて記述したものだ。


本書においては、まず、知や思考、価値についての構造化が行われ、それらは主に平面、立体上に図示される。そして、日本の一般人/知識人が抱えている問題をその図中で論じていく、という風に主張が展開されている。
考察の対象は多岐に渡り、学問や意味表現、文明の構造と、幅広く論じられている。


Amazonの商品ページでは、10件のレビュー中実に5人のベスト1000レビュアーがひしめき合っていて、あまり見た事がないような状況になっている。


恐らくは、読後感が人によってかなり違う類のものだろう。
一昔前の本なのでよく知らないが、多くの喧騒が巻き起こったかもしれない。
それぐらい、刺激的な内容。

確かに、知性の構造とは多次元的かつ多層的な絡まりを持つものであり、本書において用いられている2次元、3次元でのモデル化(図解)は無謀な試みだろう。その点に関しては議論の余地はない。

ただ、それでもこの難解なテーマに真正面から立ち向かった著者の試みは評価されて然るべきであり、その思索の中にこそ、知性とは何か、考えるとは何かを見出す事が出来た。
そして、その不格好さが垣間見える思索によって初めて、腑に落ちる説明がなされていると感じた。

本書は、言うまでもなく”著者の”知性の構造を表したものだが、いかにして思考するかについて、実に多くの事を学ぶ事が出来た。


許されるなら、星を7つほど付けたいところ。 (Amazon)


これまで積み上げてきた千以上の読書体験の中にあって、本書はひときわ輝いているように感じる。

難解な表現や哲学用語が乱れ飛んでいるので2割ほど理解できない部分があったが、これから幾度となく読み返す事になるのは間違いない。


日本もまだまだ捨てたもんじゃない。

知性の構造

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文理の狭間を漂って久しい

理系、文系と言う括りがナンセンスだと知りつつも、意識せずにはいられない。

環境学にまつわる多くの主張が、砂上の楼閣のさらにその上に建てられた、ブルジュ・ドバイを連想させるから。

こんにちは!トラックバックテーマ担当本田です。今日のテーマは「あなたは文系?理系?」です。どちらかというとあなたは文系が得意ですか?理系が得意ですか?本田は、勉強は全く苦手ですが、どちらかというと理系の授業の方が好き...
トラックバックテーマ 第890回「あなたは文系?理系?」






工学に類するもの(それが環境工学と呼ばれるものと同じかはさておき)の中には、理系であり且つ応用部分として自然科学にも名を連ねるものも多い。

ただ、そうじゃない部分が多くを占めて、しかも傍目には見分けがつかないものが多いんだよね。
これは非常に問題。

自分は、、、、
、、、、、、
、、、、、


おしまい。

参考:
科学と非科学
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自サイトのSEO適性レポートが無料で作成できるサービス

WooRankというサービスは、どれでも好きなウェブサイトのアドレスを入力するだけで、そのサイトのSEO設計の質を評価するレポートを自動で作成してくれる。
まだローンチされたばかりらしく、ベータ版だが、無料版でも結構詳細なレポートを作成してくれる。
今のところ、会員登録は不用。

レポートの項目は、以下。

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知的メタボリックのすすめ

「知的メタボリック」

情報の海に溺れ、自らの頭で考える事を忘れてしまった人たちは、侮蔑を込めてこう揶揄される。

この言葉がどのレベルで使われているかは寡聞にして存じないが、Input過多である事は同時にOutput過少である事を意味する、それはいかん、というようなところだろう。

言わんとしている事は、わかる。

そして、その主張が孕む、鳥肌が立つような危険さも。

知識の価値再考


Google先生が赴任してきて、物知りの友達の存在価値は無に帰した?
否。まったくもって、違う。

”世界中の情報を整理する。”
Googleのポリシーだ。
彼らが体系化するのは、WorldWideWebという大きなモジュールの中に散在した莫大な数の情報群。
では、その中のそれぞれのテーマという小さなモジュールを、誰が整理する?
検索結果だけで十分?

それはない。
より小さな部分で情報を体系化し、その重要度に濃淡を付けられる人間がいなければ、これらの情報群全体が機能しない。

これと同じ事が、より一般的な議論においても当てはまる。
情報は、すべてが等しく重要なわけではない。
適切なタイミングで適切な情報を提示することが出来るのは、メタボリックな人だけだ。

そしてアウトプットの深さ


近年は、未だかつて聞いたことが無いぐらい、アウトプット指向が高まっている時代であるように感じる。
書店のビジネス書のコーナーに積まれたスキル本は数知れず。
特にビジネスの場面においては、今までは特に仕事ができなくても咎められることは無かった多くの人達が、日本社会がアメリカ型の資本主義に移行するに従って危機感を募らせ始めた事が影響している、と言った言説が目につく。

自分もそういったスキル系の本や啓発本は結構読むが、
表層的なテクニックを唱える書が氾濫する事は、いかなる側面においても人間の能力に良い影響を与えないのは明らかだ。

短絡的な行動指針をテンプレート化して脳に埋め込む事で、効率的に情報を処理出来るというのは確かに事実だ。
ただ、その事実が暗に意味するのは、自らの意思決定に対する理解の放棄、全脳的な思考停止だ。


上位の前提について考える習慣を持たない事で、状況判断の正確さに欠け、著しく柔軟性を失う。
そして、そのようなプロセスから吐き出された成果物は、浅い。圧倒的に浅い。

このような思考停止が習慣化してしまうと、もはや本質的な意味での成長は望めない。

アウトプットの質とは、時間対効果という単一の指標のみで測れるような類のものではない。



知識を携え、真理の海へ


本エントリは、情報のInputのみに邁進することを奨励するものではない。
ただ、過度にOutputに傾注する事は、ものすごく薄っぺらい人間を造りはしないか、ということだ。

この世界についての強烈な知的興味から生まれる思考は、いずれ広大で深遠なる真理の海へと漸近していくのではないか。


”知的メタボリックのすすめ”とは、雑食のすすめでもある。
肉も草も、そして文字すらも食べる男子(女子)であることが、大事だということである。

専門性の殻に閉じこもると、視野が狭くなる。
過去に書いた記事のように、自分の判断が依って立つ、より上位の前提が全く見えなくなってしまう。


雑食によって平衡感覚を保つ。
分野横断的な思考こそが、真に上質なOutputにつながる。


Googleはアイザック・ニュートンと同様に本物の巨人となってしまったが、
我々は”巨人の肩に乗る”事で初めてその視座で世界を俯瞰することが出来る。

そして、そこで初めて巨人の肩を”盛る”事が出来るのではないだろうか。


関連記事:
Reader = Leader ??
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数学は言葉

新井紀子 著

数学を言語と捉える事によって、その文法を学び作文の仕方を学ぶ必要性を鮮やかに浮かび上がらせた本書は、素晴らしいとしか言いようがない。
数学でつまづいた経験のある人や苦手意識を持つ人にとっては、なぜうまくいかなかったかが理解できるはずだ。

本書は、まず論理記号、論理結合子を学ぶ事から始め、徐々に証明問題などに進んでいく内容となっている。
3本柱である和文数訳、数文和訳、作文それぞれに演習問題がついていて、読んだものを咀嚼しながら進む事が出来る。
この一連のプロセスを一通りこなせば、確実に数学との”距離”が縮まるはずだ。

ただ、文系で数学にほとんど触れていない人でもすんなり読み通せるかと言うと、少し難しいのではないかと感じる。
また、本書の内容をすべて理解したからと言って、著者の言うように解析学や代数学へ進めるかは少し疑問だと思う。

関連記事
数学的コスモロジーと、この世界
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"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
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