書評レビュー東大生ブログ 右往左往 [書評]文系学問
QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

全てが音より始まることについての一講話


Cristo Redentor / Rodrigo_Soldon


モーセの十戒に、次のような項がある。

あなたは自分のために刻んだ像を造ってはいけない。天にあるもの、地にあるもの、水のなかにあるものの、どんな形(あるもの)も造ってはいけない。それにひれ伏してはいけない。それに仕えてはいけない。

― 出エジプト記 20:4、「モーセの十戒」


人類の記録に残っている限り最古の、偶像崇拝の禁止についての言及である。

ユダヤ教、イスラム教をはじめとした世界の主たる宗教では、偶像を作りこれを崇拝する事が厳密に禁じられている。

宗教が、そして神がこれほどまでに偶像崇拝を忌み嫌った理由としては有力な説が諸々あるが、哲学的な観点から明確に論理的な説明を求められれば、次のように答えるのが正解だろう。

万物を統べる完全者であり超越者たる神は、我々人間が思考しうる限りの1つの全体性を持たない無限の存在である。つまり、人間の脳には、その御姿の外郭は視覚的にも意味論的にも捉えきれないものである。
そんな神を我々人間が存在する物理的な次元の中で明確な形を持って表現する事は、無意味であり、且つ神の無限性を大きく傷つけることになる。それはすなわち、神に対する冒涜である。



人間の想像の枠を軽々と飛び越える「無限存在」としての神。
まさに Don't Think!Feel! 的な圧倒的な断絶がそこにはある。

一方で、そう定義された神と、一介の物理的存在でしかない人間は、しばしば交流が可能である。
歴史上の多くの聖典にそう記されている。

我々が思考すること適わない存在が初めて現前するその形式は、他ならぬ神の「声」である。
敬虔な宗教者のもとに、(あるいは最も罪深い者のもとに、)ある日突然神の声が届く。
それは予期しない突然の交流であり、「啓示」(エピファニー)と呼ばれる。
エピファニーの語源は、ギリシア語のエピファネイア(επιφάνεια)で、「現れ、奇跡的現象」というニュアンスを含む。
これは多くの宗教的な書物に共通する神と人間の交流方法であり、完全に人間の認知能力を超えていると思われた神の存在の一部は、実は.mp3形式で保存する事が可能である。

あらゆる宗教において、神は人間と音声による交流をする。
「神」という存在が、人間意識が包摂し得ぬものであるにもかかわらず、音声による交流の道は常に開かれている。

音声を表象よりも根源的なものとして措定している記述は多く見られる。
中でも次の一節は最も有名なものだろう。

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

旧約聖書 創世記 第一章

光は声より生まれた。音声は、表象の起源である。聖書はそう教えている。

表象不可能なものの追い求めかたを、人間は音に見出してきた。




※上記文中の記述の多くの部分は、内田樹「レヴィナスと愛の現象学 (文春文庫)」より抜粋、整理したものです。
スポンサーサイト

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

書評 - 知識人の裏切り

-どこまで続く、平成日本の漂流 (文庫)
西部 邁, 波頭 亮 著

マニアならずとも手に取らずにはいられない。まさかこの2人の共著とは。
20世紀を代表する全く異なる分野の”知識人”2人による対談集。

誰も語らなかった視点で社会の本質を突く、刺激に満ち満ちた内容。


続きを読む


他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

聖地巡礼 - 書評「方法序説」

デカルト 著 谷川多佳子 訳
岩波文庫

本書は、デカルトが41歳の時に初めて公刊した著作の序文である。
著作全体の正式なタイトルは「理性を正しき導き、学問において真理を探求するための方法の話。加えて、その方法の試みである屈折光学、気象学、幾何学」であり、3編の論文集となっている。

本書「方法序説」を含むデカルトの一連の著書は、それが書かれてから現在に至るまでの長きにわたって、哲学・科学の発展に大きな影響を与えてきた。
理性をいかに導くか、真実を求めてどのように思索するか、本書には彼の試みの系譜が書かれている。

我思う、ゆえに我あり

おそらく哲学史上もっとも有名な一節であるこの言葉は、彼の至った悟りであり、近代哲学の出発点でもあった。


この言葉だけ知っているという人も多いのではないかと思うが、その思う我が存在する事を起点としてどういう風に論理展開がなされているかを知る人となると、その数はぐっと少なくなると思う。

彼はその主張の中継点をキリスト教的観念論に求めた。
事物の本質の疑いえない存在。完全者としての神の助力。

もちろん、現代に生きる我々からすれば、そのスタンスを一笑に付す事はたやすい。
そして、現代の科学についての常識を多少なりとも持っていれば、その主張を冷静な目で見てしまう事は避けがたいことであろう。

ただ、曖昧で謎めいたものとなり下がっていた哲学を、幾何学を用いてゼロから築き直そうとしたその信念と堅牢な論理展開は、お見事という他に適切な言葉が見つからないほど”完成”されているのだ。

500年も前に出された哲学書をレビューするのは難しい。
専門家ではなく、かつ現代の色々な知識にまみれた自分では、とても的を射た批評はできないと思う。
なので、具体的な内容にはあえてほとんど触れていない。実際に手にとって確かめてみると言い。

ただ、本書がこれほどまで長きにわたって参照される理由は理解できた。
その思考の圧力に圧倒され、後ずさる訳ではない。そういう類の書ではない。
それは、完成された芸術を見るような、静かな感心なのだ。


彼が現代にいたなら、今の学問のあり方を見て何を思うのだろうか。


方法序説 (岩波文庫)

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

お厚いのがお好き?

フジテレビ出版

分厚い、けれど読まずに人生を終えるのはもったいない名著を、わかりやすくまとめたフジテレビの深夜番組が本になったのが本書。

続きを読む


他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏 科学がわかる哲学入門

冨田恭彦 著


哲学を専門とする著者による、科学哲学(?)入門書。

著者自身がモデルとなっている科学哲学者柏木達彦と女子大生との対話形式で、現代思想の主要なテーマを平易な言葉で語っている。

トマス・クーンのパラダイム論からデヴィットソンによる概念相対主義の批判、ソシュールの構造主義、ローティのエスノセントリズムと、文庫本サイズながらその論旨展開はサクサク進んでいく。


全体的に、議論の外堀を丁寧に埋めていくというよりは、主な思想や議論を分かりやすく伝えることに主眼を置いている。幅広いテーマ設定で、これは知っておいた方がいいという内容だったので、初学者には非常に有益だと思う。

正直、構造主義や言語哲学の基礎知識が全く無くても軽く読みこなせるかどうかは疑問だったが、現代思想の一端に触れるとともに、より深く知りたいと思わせるような内容だった。



今回読んだのは文庫本だったが、文庫化前の原著のサブタイトルにはこうある。

”科学って、ホントはすっごくソフトなんだ”

科学といえども絶対的な事実を追求できるわけではなく、ある理論は必ず他の理論に依拠していて、その全体系はハードなものではあり得ない、と言う事。
当たり前のことだけど、再確認できた。

科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏 科学がわかる哲学入門 (角川ソフィア文庫)

関連記事:
寝ながら学べる構造主義
「デカルト」「ソシュールと言語学」
神と科学は共存できるか?
他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

「デカルト」「ソシュールと言語学」

2冊まとめて書評。

いや、別に内容の親和性が高いとかじゃないし、1つの記事にまとめる必要もないんだけど、なんとなく。


「ソシュールと言語学」
-言葉はなぜ通じるのか
町田健 著

それまで行われてきた比較言語学を超え、初めて言語が持つ規則性や伝達のメカニズムに注目した近代言語学の開祖、フェルディナン・ド・ソシュールの思想とその影響を、わかりやすく書いた入門書。

言語を初めて”科学的”に分析しようとしたソシュールの思想体系は、本来かなり難解な内容を含み、誰にでもわかるレベルまで落とし込むのは難しい。
そんな作業を丁寧に行い、その体系の核の部分を伝えることに、著者は成功しているように思う。
自分はソシュールの言語学の概要はある程度知っていたのであまり引っかからずに読めたが、音素記号、相補分布と自由変異の所など一部の内容は、ゼロ知識では少し難解かもしれないが。


なによりも特筆すべき点は、本書が単にソシュールの言語学をまとめているにとどまらず、著者の問題意識と批判が多く詰まったものであるということだろう。
ソシュールや彼の周囲の言語学者の主張の欠点、構造主義的言語学の限界を、著者はためらいもなく指摘する。
そしてそれらの指摘とソシュールらの主張部分がうまく混ざりあい、言語学の全体を垣間見ることが出来る。
その意味で、ある程度示唆に富む内容になっている。

単なるまとめ以上のものとして、面白く読めた。

星4つ。


「デカルト」
野田又夫

オーソドックスなデカルトまとめ本。
彼の生涯を追い、その思想を解説したものとして、ごく標準的な内容。

デカルトの思想が、過不足なくよくまとめられていると感じた。
原典を読みたくなった。

星3つ。



2冊とも結構前に読んで机に放置してたものだから、書評も覚えてる範囲でざっくりしてるかもしれない。
他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

寝ながら学べる構造主義

内田樹 著 ★★★★★

人間の思考や行動様式は、いかなる状況においても、特定の”構造”に支配される。

ソシュールから始まり、世界の思想の中に大きなうねりを生み出した構造主義を、平易な文章で説明した本。


本書のテーマは、難解な対象を誰にでも理解できるように噛み砕いて伝える事。

だけではない。
構造主義の諸思想に読者が興味を持ち、次のステップに進むための道しるべになるような本である事だ。入門書とは、そういうものの事をいう。

その意味で、本書は非常に面白く、紹介されている分野の参考文献や関連本に当たってみたいと強く思わせた事で、十二分にその役割を果たしたと思う。

なので、正直構造主義の専門家から見ると単純化しすぎている部分があるのかもしれないが、本質を捉えているかどうかは本書の価値を損なう点ではないと考える。


個人的には、ニーチェの思想全般、フーコーの系統学的思考、レヴィ・ストロースの野生の思考の部分なんかで、知的興奮をたくさん味わった。

本書を読み進めていくうちに、自分が持っている自由の度合いがどんどん狭められていくような感覚に陥るだろう。
結局のところ、自我とは、我々がうかがい知ることのできない遥か昔に誰かによって決められたもので、人間はそのルールに従って生きることしかできないのだ。そんな事を改めて気付かせてくれる。

それは決してネガティブなメッセージではないとも、彼らは教えてくれるのだが。

人間の本質に鋭く迫った、構造主義の担い手たちの英知が詰まった、刺激的な一冊。

寝ながら学べる構造主義



関連記事:
学問の春―“知と遊び”の10講義

他の東大生のブログは東大生の人気ブログ集 から

web拍手
本エントリーがほんの少しでもお役に立ったなら、クリックお願いします!↓
 

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

"水の流れの音と梢のそよぎに寝かしつけられるようにして、ぼくたちは眠りに落ち、そして、世界が若返った夢を見るのだ。"
- J 「ボートの三人男」
プロフィール

yack

本棚のアウトソーシングに成功しました。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
Lc.ツリータグリスト
検索フォーム
FC2カウンター
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。